がんになってからの選択


地下鉄サリン事件に遭遇してから止まりがちになっていた生理が元のリズムを取り戻した1997年夏以降、 今度は周期がだんだん短くなっていきました。 1999年に大学病院を受診したのは、周期が極端に短くなったうえに出血量が増え、PMSに伴って、 嘔吐して立てなくなる、のどの炎症、睡眠障害、不安、鼻水、鼻血、涙、突然の卒倒などの症状も悪化したためです。 検査の結果、子宮筋腫と子宮内膜増殖症と診断されましたが、PMSに伴って現れる不可解な症状との関連はわからないままでした。

2005年の閉経に伴い、地下鉄サリン事件以来10年間続いたPMSの症状がいっせいに消えました。ところが、 2008年頃から以前と同じような症状が出てくるようになり、耳鼻咽喉科、歯科、眼科などに通う頻度が 高くなっていた2011年春、子宮体がんと診断されました。

病院でがんとわかると、手術、抗がん剤、放射線治療などの中から適した治療法が選択されます。 同程度の効果を期待できる治療法が複数ある場合には、現在の考え方では、治療法を選択するのは 患者本人であるはずですが、実際は、なかなかそうはいきません。

緩和ケアを中心に治療してもらうことを希望しても、がんの専門病院では、地下鉄サリン事件の被害者で 後遺症がある患者とわかると、「うちでは引き受けられない」という話になることが続きました。 がんの拠点病院になっている大病院では、標準治療以外の治療を希望していると伝えると断わられました。 そうなると、自分のがんを治療をしてくれる病院はあるのかないのかで右往左往することになります。

結局、私の場合は婦人科がんの患者を支える活動をしている あいあいの人たちに助けられました。 相談できる医師がいる病院を紹介してもらい、リンパ節郭清をしない手術をお願いしました。 がんの治療後、後遺症にまつわる問題で誰に相談すればよいのかわからないことで悩んだときは、 がん哲学外来に相談して助けられました。

思いがけない結果

がんの手術後、地下鉄サリン事件の後遺症はなぜかいっせいに消えました。 手術の直前まで続いた粘膜の炎症や、毎日数十〜数百滴出ていた鼻血も1滴も出なくなりました。 手術に臨む段階では、当面する症状による失血死を防いでもえれば充分と考え、突然来るかもしれない もしものときに備えた準備もしていましたが、どれも嬉しい誤算となりました。


婦人科がんの自助グループ
子宮・卵巣がんのサポートグループあいあい

樋野興夫先生が提唱するがん患者のための「対話の場」
がん哲学外来