毒物の遅発症状とがん


閉経後は、粘膜の炎症などが起きる頻度が少なくなりましたが、2008年頃から全身的に小さな変化が起き始めました。 杉並清掃工場から2kmほど離れた場所に住んでいましたが、そこからくると思われる臭いに敏感になり、たぶん風向きの関係だったと思いますが、 ほとんど毎日のように、5分か10分程度ですが、焦げたような臭いに交じった化学臭を感じるようになりました。 この頃、化学物質に感作したのではないかと思います。

老人性色素斑のようなシミが突然手の甲にたくさん出現する一方で、歯ぐきからの出血、口内炎、口角炎も頻発しました。 さらに、のどの炎症は抗生物質を使っても完治しなくなり、鈍い痛みが何か月も続くようになりました。 また、左目の上まぶたが突然閉じて、開こうと思っても左目の感覚が失われているため、30分ぐらい目を開くことができないという症状を2010年に初めて経験しています。 事件後、生理がなくなるのにともなって起きた肥満を別にすれば、20年以上あまり変化しなかった体重が減り始めて、3年目には4kg減となりました。

ちょうど同じ頃、不正出血が始まり、婦人科で検査を受けると子宮体がんと判明しました。 不思議だったのは、不正出血に連動して始まった鼻血です。 それまでの鼻血は、PMS特有の症状として鼻水とともに数滴出る程度でしたが、がんの出血が始まった2010年秋からは、鼻血も毎日たくさん出るようになりました。 がんによる出血量が増えると鼻血の量も増えたため、2011年7月に手術を受ける頃には、血液のHGBの値が14から11に落ちています。 その頃、化学臭を含んだ空気が流れてくると呼吸がつらくなったこともあり、長く住み慣れた杉並区を離れました。

がんが見つかる1年ほど前から、涙がとめどなく流れる症状もよく起きるようになりました。いったん出始めると30分から1時間近く流れ続けます。 夜布団に入ってからそれが始まると、流れる涙を拭い続けなければならないため、眠くても眠ることができません。 この頃の全身的な不調は、事件後10年続いたPMSの症状に比べれば軽いといえますが、どれもQOL(生活の質)への影響が大きいものでした。 私が経験した毒物の遅発症状は、多くが命にかかわる深刻な症状ではありませんが、日常生活への影響は少なくありません。 がんが見つかった時に真っ先に考えたのは、これ以上、QOLの低下につながる治療は受けたくないということでした。